鍼灸治療が男性生殖器機能に及ぼす影響-勃起障害を中心として-論文考察
当院では、妊娠を希望するご夫婦に対して、妊娠しやすい体づくりのための鍼灸を提供しています。不妊の原因は様々ですが、男性、女性両者に存在することは生殖医療の科学が進むにつれて分かってきています。
しかし、鍼灸を行うほどんとの方が奥様(女性)であり、ご主人さんが定期的に鍼灸に通院される例はほとんどありません。以前、慢性前立腺炎でなかなか改善しない患者さんが来院。実は、不妊治療中であり、ご主人さんの精子所見が良好ではないことがわかり、同時施術を行いました。少し時間はかかりましたが前立腺炎も精子所見も改善され、投薬治療もやめることができ、めでたくパパになった症例を経験しました。
じつは男性生殖機能(前立腺や膀胱の下部尿路疾患も含め)に悩む方は多く存在します。様々な治療を行いますが改善できない状況もあります。そんな皆様には鍼灸も一つの治療の選択肢にはなるのかと思います。
今回は、標記の通り論文「自律神経雑誌 56巻3号 2019」に掲載されました”第71回日本自律神経学会総会/共催シンポジウム/鍼灸と自律神経、最近の進歩ー伝統医療の科学科に向けて-」の論文を考察してみたいと思います。
はじめに
1980年の世界保健機構の地域間セミナーで各国が鍼治療の対象としている疾患や症状について紹介した報告書の中で性機能障害や陰萎も記載されていはいる。しかし、その後のシスマティックレビュー等では鍼治療単独での効果やエビデンスは十分に証明されていない。そのような状況の中、EDならびに勃起機能に対する鍼治療の知見について紹介。
EDに対する鍼の有効性
泌尿器科全般の治療として、両側の中髎穴(BL33、第3仙骨孔付近の経穴)へ、得気感覚(鈍い深部感覚)が得られた後に、旋撚施術を10~15分加えた治療を実施。
1993年~95年に得られた26症例(原因;心因性9例、内分泌性8例、血管性5例、糖尿病性2例、神経因性1例、その他1例;泌尿器科にて診断済み)に上記治療を行う。
評価は、「性交時に充分な勃起が得られ、膣への挿入が可能で持続力がある(full)」、「性交時に充分な勃起が得られ、膣への挿入が可能であるが持続力がない(moderate)」、「性交時に充分な勃起が得られず、膣への挿入が不可能である(poor)」の 3 段階 。問診で聴取。
結果、治療前 poor12例、moderate14例 → 治療後poor8例、moderate3例、full15例となり、7割弱の症例が明らかに勃起機能の改善を示した。
原因別では、心因性3例、内分泌性7例、血管性5例、糖尿病性1例が改善され、原因の異なるEDに対し鍼治療の効果がみられることは興味があった。また、今後は症例を集積することと、効果の比較的少ない心因性についても検討する必要あり。
医療における治療としてはPDE5阻害薬の投与となるが、服用で効果が出なかった糖尿病性EDの1症例についても中髎穴に鍼を行い、国際勃起機能スコア簡易版を使用し評価。
結果、7点(重症)→ 17点(軽症)となり、一定の効果が示された。
今後、精度の高い臨床試験は必要だが、鍼治療は投薬治療の補完代替的治療としてED患者に寄与できる可能性がある。
勃起機能に対する鍼刺激の作用機序
麻酔下マウスにより陰茎海綿体内圧(ICP)を勃起機能の指標とし、中髎穴の鍼刺激(通電)の作用について検討。
結果、Ⅳ群求心性神経を刺激するような強度な刺激が最大勃起圧を減少させ、得気感覚のような深部感覚が大切であると考えられた。この反応は、化学的に交感神経や骨盤神経(副交感神経)を切除したマウスでは得られないことから、勃起機能には体性ー自律神経反射が影響をもたらすことが示された。
非勃起時のICPを同様に検討したところ、Ⅳ群求心性神経を刺激するような刺激においてICPの上昇を認めた。また、拮抗薬や神経切断などの検討で、骨盤神経、第13胸髄、NO(一酸化窒素)、中枢でのオキシトシンなどが作用に関連していることが示された。
作用機序
仙骨部への鍼通電刺激は IV 群求心性神経線維の興奮を起点として、上脊髄性に勃起機能に影響をもたらす。その作用はホ メオスターシスに順じた反応であり、勃起機能亢進時には交感神経を介して抑制性に、勃起機能低下時には上位中枢のオキシトシンを介して骨盤神経が興奮、神経より一酸化窒(NO)を放出させ亢進性に作用すると考えられる。
まとめ
それぞれの研究の質や量は不十分であるものの、鍼灸治療は ED の補完的・代替的治療になり得る可能性は十分にある。さらなる詳細な検討が期待される。
論文考察後記
当院でも症例数は少ないですが糖尿病で勃起がなかった男性が固くなるようになってきた方もおられます。今回はEDまたは勃起機能について述べてきましたが、前立腺や膀胱など医療機関での下部尿路疾患ガイドライン等で示された治療で効果のない方は一度、試してみても損のない治療法が鍼灸であると思います。
また、論文中にも出てきた心因性が原因となるものは、実際、臨床の中では仙骨部だけでは施術するということはなく、発症している症状に対して様々な要因を考えながら身体全体の施術を行いますので、効果は高まるのではないかと考えています。