慢性前立腺炎(CP)の鍼灸治療 その2 ~精液所見がともに改善した例~
少し前になりますが、前回は慢性前立腺炎についての概要をお話させていただきました。
慢性前立腺炎(CP)の鍼灸治療 その1 ~慢性前立腺炎とは~
今回は鍼灸施術を実際行った患者さんの症例を報告させていただきます。
患者さんは、クリニックでも治療を受けており、どこで何がどう効果があったかの機序ははっきりしませんが、漢方も含めた投薬治療と鍼治療を併用して症状が改善し、患者さんが喜び、鍼灸師としてもも一定の効果が考えられ、医師においても投薬治療に一定の効果があったと理解すると、これは三者が幸せになった形であり、これが一つの患者さんを中心にした医師と鍼灸師の連携であると考えられました。
※なお、この報告のHP掲載にあたっては患者さんの承諾を得ています。
プライバシーには十分注意して掲載させていただきます。
慢性前立腺炎に対する鍼治療
~精子所見がともに改善し不妊治療も成功した症例~
【症 例】男性 30歳 会社員 【初 診】平成29年8月19日
【主 訴】慢性前立腺炎症状の改善【病 名】慢性前立腺炎(Chronic prostatitis:CP)
【現病歴】平成27年頃、原因不明にて残尿感、頻尿、排尿時会陰部に違和感や痛み、排尿中に内股から下肢内側を走るかゆ痛い様な不快感が出現。同年S泌尿器科を受診。検査の結果、CPと診断(非細菌性)。投薬治療を受ける。経過は症状改善、再発、悪化の繰り返し。4月から仕事多忙のためか症状が増強。投薬治療効果なし。1ヶ月前より漢方薬を処方されるも変化なし。ネットで検索し当院へ来院。
【既往治療】投薬治療(S泌尿器科;セルニルトン 前立腺疾患治療剤 ※今回は4カ月前より服用継続中)、抗生剤(時々)、漢方薬(補中益気湯;ツムラ41)
【既往歴】潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis:UC) 平成26年発症(直腸)。投薬治療で症状改善(N病院;アサコール 潰瘍性大腸炎治療剤 服用継続中)。 扁桃腺が弱い。
【初診時所見】〈自覚症状〉頻尿(昼は30分毎)、残尿感、排尿・射精時に会陰部の痛みと違和感+中が腫れている様な不快感、排尿時に大腿から下肢内側を走る痛痒い様な違和感、排尿は恥骨上部を指で押さえて行う、頸肩部のコリ、精子総数・運動率(39%)が低下
〈他覚的所見〉血圧;120/64mmHg 脈拍;76回/分(整脈)
身長;171cm 体重;64kg
姿勢;(立位)後重心、猫背、体幹左回旋、頸部右回旋、骨盤後傾 (仰臥位)右足が0.5cmほど長い
脉診;(脉状診)浮・濇・(緊)(脉差診)脾虚腎実
腹診;期門から天枢にかけて膨満し硬さあり、小腹に力なし、左季肋部に圧痛・過敏症状
背項診;全体的に筋硬い(特に左Th4~Th10の脊柱起立筋部+Th7~10の範囲の皮膚過敏)、L3~S1の筋全体に力なし
舌診;暗紅色、白苔、潤いあり、歯痕あり 顔面;白 目に力なし 尺膚;白 湿り気あり
【要 約】
UC発症で、腸管を中心に免疫機能の破綻と慢性炎症状態が存在。それらが関連し前立腺に炎症。体内の水分代謝停滞で循環障害を起こし病状悪化が慢性化を助長と推測。投薬治療にも抵抗性。また、CPは男性不妊の要因。①骨盤内の循環障害改善を図り、免疫機能調整と慢性炎症状態軽減を行う為、生体の統合的制御機構の活性化を目的とし生体制御療法、②CP関連症状改善と生殖機能(精液所見)改善も目的に局所療法。
【治療方法】
①生体制御療法(黒野式全身調整基本穴);中脘、期門、天枢、気海、天柱、風池、肩井、肺兪、厥陰兪、脾兪、腎兪、大腸兪〈手技〉筋膜上圧刺激(単刺術)〈用鍼〉30mm16号鍼
②局所療法(CP随伴症状+生殖機能改善)〈選穴〉太谿、中髎、中極〈手技〉置鍼術(太谿・中髎)筋膜上圧刺激(中極)〈用鍼〉30mm16号鍼→太谿(置)40mm18号鍼 →中髎
※不定愁訴指数(以下、指数);9点(軽症) 全日本鍼灸学会不定愁訴班作成の健康チェック表を使用
※前立腺症状スコア(以下、スコア);症状26点、QOL;5点(重度) 日本泌尿器科学会 NIH 慢性前立腺炎問診票日本語版作成委員会による前立腺症状スコア(NIH-CPSI)を使用
【治療頻度】週1回を基本。【治療期間】603日間で56回
【治療経過】(3回目)下肢内側へ放散する痛み違和感〈初診時〉10→ 4、左季肋部の違和感やや減少。左胸椎脊柱起立筋部の緊張やや緩む。スコア;20点
(4回目)下肢内側は違和感のみとなる。左季肋部の違和感消失。小腹に力が出てくる。
(10回目)会社での30分おきの尿意が改善。この調子が維持できると最高。目に力が出る。風邪がすぐ治ったのは驚き。左季肋部・胸椎周辺部の敏感さは残存。スコア;14点
(14回目) 症状改善を実感する。肩コリ、会陰部の違和感等、鍼をすると症状が10→1とほとんど消失(コリ・疲労感に対する鍼治療の即効性と持続力に驚く)。セルニルトン減薬。指数;5点、スコア;14点
(15回目)11月末の人工授精陰性。精液検査で運動率が39%→60。医師は漢方の効果と話す(鍼治療との相乗効果と推測)。前立腺症状スコア;15点
(21回目)前回と治療間隔が1ヶ月ほど空いたが症状良好に安定。投薬の種類、量ともに変化なし。スコア;12点
(32回目)25日に人工授精。衝門-衝門のパルス通電開始。前立腺症状は落ち着いてきた。
(35回目)セルニルトン昼1回増量。薬の即効性を実感(以前は全く効果がなかった)。睾丸委縮と精索静脈瘤が少しあるが問題なし(泌尿器科医・不妊クリニック)。睾丸委縮はUCが関係している可能性を指摘。
(50回目)排尿が少ししづらかったが、パルス通電を左大赫‐復留に変更。変更後、症状消失の持続時間が長くなる感じ。パルス通電が心地よい。スコア;16点
【最終時所見】(56回目 平成31年4月13日)
〈自覚症状〉全て消失も、疲労時に出現。排尿は恥骨上部を指で押さえて行う、頸肩部のコリ→改善、精子数・運動率(39%)→(30/4/14;運動率29%・濃度1400万/ml・精子量 6.3ml)→運動率55%・濃度3100万/ml・精子量 5.0ml(乏精子症・精子無力症が改善)
〈他覚的所見〉
姿勢;(立位)体幹左回旋、頸部右回旋、右肩若干下がる→偏り改善(若干体幹は残る)(仰臥位)右足が0.5cmほど長い→揃う
脉診;(脉状診)浮・滑 (脉差診)脾経虚
腹診;膨満、過敏消失、下腹に充実感出てくる
背項診;部分的に硬い部分は平均化し、腰部やや張りが出てくる
舌診;暗さが抜けた紅色、白苔、潤いあり、歯痕若干あり
顔面;白 目に輝きが出る 尺膚;白 湿り気改善
不定愁訴指数;2点 前立腺症状スコア;症状3点、QOL;2点(軽度)
【考察・結語】
① 健康チェック表は軽症であったが9点が2点となり、改善率は77.7%。
② 前立腺症状スコアは、前立腺症状点数;26点(重度)→3点(軽度;改善率 88.46%)、QOL点数;5点(重度)→2点(軽度;改善率 60%)、総計点数;31点→5点(改善率 83.87%)鍼治療の前立腺炎症状に対する有効性を示唆。
③ 消化器症状、神経症やうつ傾向など精神的要素が少なかったことが早期効果発現の可能性が考えられた。
④ パルス通電は、前立腺症状、精液所見改善において、効果的にはもう少し早期に開始した方が良かったと考える。
⑤ 効果の機序は、セルニルトンの作用と漢方製剤、鍼治療の三者の相乗効果で高めたと考えている。結果として、患者、担当医師、鍼灸師が満足。これが患者を中心とした医師と鍼灸師の連携であると考える。
⑥ 補中益気湯については、前立腺症状に加え、生殖機能向上(精液所見の改善)にも効果があるとの報告があり、本症例については鍼治療との相乗効果があったと考える。
⑦ 鍼治療で快適な感覚などの非特異的効果(リラクゼーション)を患者が感じることで、愁訴改善に向けて+αの力となると考える。
⑧ 今後も慢性前立腺炎をはじめ下部泌尿器疾患、男性不妊についての症例を集積していく。
鍼灸治療は、決して魔法の治療ではありません。
症状の経過、病態の程度や患者さんの体質などにより施術回数も期間も違います。
初診や治療計画の見直し日など、私たち施術者と患者さんの協力が必要となります。
施術者は患者さんと協力して健康な心身を目指すため、様々な知識を勉強しています。
いつもお世話になっている金沢の美味しい食事屋さんで例えるなら、知識という新鮮で美味しい食材を仕入れ、自身が培ってきた鍼灸技術や問診技術、話術もその中に入るかも知れませんが、それらで食材を調理し、患者さんにより新鮮で、納得いただける料理(施術)を創出すべく精進しています。
誠意を持って勉強し、追求し、その自分の鍼灸施術という料理を提供できれば、患者さんの協力は自然と得られると考えております。
そこには、現実を謙虚に捉え、反省し、常に日々刷新していく心構えも必要となります。
何はともあれ、私たち術者と患者さんの協力が、しっかりと噛み合えば、お互いが幸せな道に進めると感じていますし、患者さんの家族や周囲の関係する皆さまも幸せになっていけるのだと思います。
本症例では、慢性前立腺炎による症状もほぼ消失し、前立腺は生殖器の一部ですので、その機能も改善し不妊治療も成功しました。
結果、令和元年に患者さんは、パパになることができ、ご家族にも幸せが訪れました。
こんな時、鍼灸をしていて良かったと心から幸せを感じます。